ここでは体温管理療法(TTM:Targeted Temperature Management)のガイドラインについて
2022年現在までのものをまとめていきます。
ECMOの人工肺には熱交換器がついており、接続した冷温水槽の温度を調節することで患者さんの体温コントロールが可能です。
一昔前はV-A ECMO(PCPS、ECPR)導入時にもこの熱交換器を利用した低体温療法が行われていましたが、
合併症の発生率の高さや、様々なガイドライン改訂、またTTMに関する研究論文が発表されていき、次第に行わなくなりました。
ここ数年V-A ECMOを行う際に医師から
体温は36℃目標でお願いします。
と指示されることが多くなり、32℃などの低体温療法は古いという風潮すらあります。
最近発売されたPCPS,ECMOバイブルという本の中でも『ECPR装置による体温調節』について言及されています。
心肺蘇生に関するガイドライン上ではどのように記載されているのでしょうか?
ここではまずTTMに関するさまざまなガイドラインをまとめていきたいと思います。
このページでのTTMに関する一連の情報は、ECMOと併使した場合のものではないのでご注意ください。
TTMに関する記事はこちらからごらんください!
目次
体温管理療法(TTM)とは?
体温管理療法(TTM)とは、低体温療法(Therapeutic Hypothermia)、平温療法(Induced Normothermia)を含めた、ある目標体温にコントロールすることでPCAS(心停止後症候群)の予防や、神経学的予後の改善を期待する治療法です。
- 心停止後に自己心拍が再開した際の虚血再灌流によって起こる病態の総称として提唱。
- ROSC後の脳障害、心筋障害、全身性虚血再灌流障害、心停止を発症した病態の継続、の4つの病態で構成される。
ここで言う低体温とは32℃〜34℃、平温とは36℃を指し、中枢温度、つまり直腸温などの深部体温をどちらかの温度に維持させることをTTMといいます。
平温療法は平熱療法(Anti Hyperthermia)、常温療法などとも呼ばれていましたが、ややこしいので低体温療法も含めた『TTM』と呼称が統一された背景※があるようです。
TTMのガイドライン
2022年現在のTTMはどのようにして行われているのでしょうか。
とにかくガイドラインをみてみましょう!
CoSTR 2020(心肺蘇生に関する国際的コンセンサス)〜2021
国際蘇生連絡委員会(ILCOR:International Liaison Committee On Resuscitation)という組織団体が、心肺蘇生のガイドラインではなく、国際的なコンセンサスを作成しました。CoSTRは心肺蘇生と救急心血管治療に関する科学と治療勧告に対する国際的コンセンサスの略で、この中に心停止に対する体温管理療法(TTM)について記載されています。
AHA(アメリカ心臓協会)やJRC(日本蘇生協議会)など作成している心肺蘇生のガイドラインも、このILCORが発表したCoSTRを基にしています。※
※参考文献:野々木 宏:国際コンセンサス(CoSTR)とJRC蘇生ガイドライン2010の作成過程について(リンク)
多くのガイドラインの礎になったもので、TTMについては次のように記載されています。
- 蘇生後に意識障害のある成人に対して行う
- 院外心停止でShockable rhythmである場合(推奨:強、エビデンスレベル:低)
- 院外心停止でnon-Shockable rhythmか、院内心停止である場合(推奨:弱、エビデンスレベル:低)
- 32〜36℃の間で管理(推奨:強、エビデンスレベル:低)
- 最低24時間以上行う(推奨:弱、エビデンスレベル:低)
- 蘇生直後から搬送までは大量冷却輸液は行わない(推奨:強、エビデンスレベル:中)
- TTM後も昏睡状態の場合も発熱の予防と治療を行う(推奨:弱、エビデンスレベル:低)
※ Shockable rhythmはVfやpulseless VT、non-Shockable rhythmはPEA、Asystoleを指します。
32〜36℃での管理となると、施設間でばらつきが多くなりそうです。
そして2021年にTTM 2 trialの結果を受け、ILCORからの国際的コンセンサスのドラフト版の発表がありました。
We suggest actively preventing fever by targeting a temperature <37.5 for patients who remain comatose after ROSC from cardiac arrest (weak recommendation, low certainty evidence). 成人心拍再開後昏睡患者には目標体温を37.5℃とする積極的な発熱防止(actively preventing fever : APF)を提案する。 ILCOR 2021 こちらから引用
また、TTMという用語が研究名と混同する、TTM=特定の体温での管理(おそらく低体温のこと)となることを避けるため、TTMとは呼ばないようにすることを提案しています。
今後TTMとは呼ばない、またAPFという言葉が増えてきそうです・・
2020 AHA for CPR&ECC ガイドライン
アメリカ心臓協会(AHA:American Heart Association)から発表された、心肺蘇生(CPR)と救急心血管治療(ECC)についてのガイドラインです。
体温管理療法(TTM)については次のように記載されています。
- 蘇生後に意識障害のある成人に対して行う
- 院外心停止では初期リズムは問わない(Class I,LOE B-R)
- 院内心停止でnon-Shockable rhythmである場合(Class I,LOE B-R)
- 院内心停止でShockable rhythmである場合(Class I,LOE B-NR)
- 32〜36℃の間で、最低24時間以上行う(Class Ⅱa,LOE B-NR)
- 蘇生直後から搬送までは大量冷却輸液は行わない(Class Ⅲ,LOE A)
- 心停止からの蘇生後に昏睡状態である妊婦に対し、体温管理療法を推奨
参考資料:Highlights of the 2020 AHA Guidelines for CPR and ECC(日本語版)リンク
※AHA ガイドラインにおけるエビデンスのレベルは、A, B-R, B-NR, C-LD, C-EOの順
AHAガイドラインでは院外心停止の場合、初期リズムがいかなる場合でもTTMを推奨するとしました。
ERC ガイドライン 2021
ヨーロッパ蘇生協議会(ERC:European Resuscitation Council)から発表されたBLSに対するガイドラインで、COVID-19患者の心停止に関する項目も追加されています。
このERCのガイドラインは2015年に発表されたものから大幅に改訂されており、TTMに関する項目も変更されています。
- 蘇生後に意識障害のある成人に対して行い、OHCA、IHCA、初期リズムは問わない
- 32〜36℃の間で、最低24時間以上行う
- ROSC後昏睡状態の患者では、少なくとも72時間は高体温(37.7℃以上)を避ける
- 蘇生直後から搬送までは大量冷却輸液は行わない
参考資料:ERCガイドライン(原文リンク)
JSEPTICが日本語で変更点をまとめています。(JSEPTIC Journal club資料)
ERCガイドラインもAHAガイドラインと同様に、2019年にThe New England Journalで発表されたHYPERION study※が根拠となり、OHCA、IHCA、初期リズムは問わないとされたようです。
※参考資料:Jean-Baptiste Lascarrou et.al N Engl J Med 2019;381:2327-37(リンク)
また、高体温を37.7℃以上と定義した根拠となる論文のリンクも残しておきます。
参考資料:P A Mackowiak et.al JAMA. 1992 Sep 23-30;268(12):1578-80.(リンク)
ERC-ESICMガイドライン2022
TTM 2 trialの結果を受け、2022年の1月にERC-ESICMガイドラインとして改訂版が発表されました。
参考文献:Sandroni C, Nolan JP, et al. PMID: 35089409.(リンク)
ILCORと同様に、TTMという用語を避け、「temperature contro」(「温度制御」)と表現することを提案しています。
心停止によるROSC後も昏睡状態が持続する患者では
- 継続的な中枢温度のモニタリングを行う(good practice statement)
- 発熱(37.7℃以上)を積極的に予防する(弱い推奨、低いエビデンスレベル)
- 少なくとも72時間は発熱(37.7℃以上)を避ける(good practice statement)
- 発熱の予防は解熱薬を使用するか、不十分な場合は冷却装置を用いて目標温度37.5℃で管理する(good practice statement)
- 蘇生直後から搬送までは大量冷却輸液は行わない(強い推奨、中程度のエビデンスレベル)
- ROSC後の軽度低体温の患者に対しては積極的な再加温は推奨しない(good practice statement)
目標体温32〜36℃の管理は推奨、反対するエビデンスが不十分として、低体温療法の関する言及はほぼなくなりました。
JRC ガイドライン2020
日本蘇生協議会(JRC:Japan Resuscitation Council)から発表されたALSに対するガイドラインで、日本国内での医療状況を考慮したものになっています。
先述したCoSTR2020を基に作成されていますが、公表されているJRC2020ガイドラインのオンライン版で、JRCとしての見解なども詳細に記載されており、一度見ておくことをおすすめします。
参考資料:JRC蘇生ガイドライン2020オンライン版(リンク)
体温管理療法(TTM)については次のように記載されています。
- 蘇生後に意識障害のある成人に対して行う
- 院外心停止でShockable rhythmである場合(推奨:強、エビデンスレベル:低、Grade 1C)
- 院外心停止でnon-Shockable rhythmか院内心停止である場合(推奨:弱、エビデンスレベル:非常に低い、Grade2D)
- すべての初期波形で院内心停止である場合(推奨:弱、エビデンスレベル:非常に低い、Grade2D)
- 32〜36℃の間で管理(推奨:強、エビデンスレベル:中、Grade1B)
- 最低24時間以上行う(推奨:弱、エビデンスレベル:低、Grade2D)
- 蘇生直後から搬送までは大量冷却輸液はルーチンで行わない(推奨:強、エビデンスレベル:中、Grade1B)
- TTM後も昏睡状態の場合も発熱の予防と治療を行う(推奨:弱、エビデンスレベル:低、Grade2D)
- プライマリーPCI と組み合わせて行い,可能であればPCI 開始前から始めることを考慮する.
JRCガイドラインも2015年版と大きな変更はなしとしたようです。
ERCガイドラインと比較してかなり慎重なガイドラインになりました。
やはり日本国内でも目標体温の推奨は32℃〜36℃とされました。
各ガイドラインのまとめ
各ガイドラインのTTMに関する項目をまとめます。
- 蘇生後に意識障害のある成人に対して行う
- 院外心停止でShockable rhythmである場合(推奨:強、エビデンスレベル:低)
- 院外心停止でnon-Shockable rhythmか院内心停止である場合(推奨:弱、エビデンスレベル:低)
- 32〜36℃の間で管理(推奨:強、エビデンスレベル:低)
- 最低24時間以上行う(推奨:弱、エビデンスレベル:低)
- 蘇生直後から搬送までは大量冷却輸液は行わない(推奨:強、エビデンスレベル:中)
- TTM後も昏睡状態の場合も発熱の予防と治療を行う(推奨:弱、エビデンスレベル:低)
- 蘇生後に意識障害のある成人に対して行う
- 院外心停止でShockable rhythmである場合(推奨:中、エビデンスレベル:中)
- 院外心停止でnon-Shockable rhythmか院内心停止である場合(推奨:弱、エビデンスレベル:低)
- 32〜36℃の間で、最低24時間以上行う(推奨:中、エビデンスレベル:中)
- 心停止からの蘇生後に昏睡状態である妊婦に対し、体温管理療法を推奨
- 蘇生後に意識障害のある成人に対して行い、OHCA、IHCA、初期リズムは問わない
- 32〜36℃の間で、最低24時間以上行う
- ROSC後昏睡状態の患者では、少なくとも72時間は高体温(37.7℃以上)を避ける
- 蘇生直後から搬送までは大量冷却輸液は行わない
心停止によるROSC後も昏睡状態が持続する患者では
- 継続的な中枢温度のモニタリングを行う(good practice statement)
- 発熱(37.7℃以上)を積極的に予防する(弱い推奨、低いエビデンスレベル)
- 少なくとも72時間は発熱(37.7℃以上)を避ける(good practice statement)
- 発熱の予防は解熱薬を使用するか、不十分な場合は冷却装置を用いて目標温度37.5℃で管理する(good practice statement)
- 蘇生直後から搬送までは大量冷却輸液は行わない(強い推奨、中程度のエビデンスレベル)
- ROSC後の軽度低体温の患者に対しては積極的な再加温は推奨しない(good practice statement)
- 蘇生後に意識障害のある成人に対して行う
- 院外心停止でShockable rhythmである場合(推奨:強、エビデンスレベル:低、Grade 1C)
- 院外心停止でnon-Shockable rhythmか院内心停止である場合(推奨:弱、エビデンスレベル:非常に低い、Grade2D)
- すべての初期波形で院内心停止である場合(推奨:弱、エビデンスレベル:非常に低い、Grade2D)
- 32〜36℃の間で管理(推奨:強、エビデンスレベル:中、Grade1B)
- 最低24時間以上行う(推奨:弱、エビデンスレベル:低、Grade2D)
- 蘇生直後から搬送までは大量冷却輸液はルーチンで行わない(推奨:強、エビデンスレベル:中、Grade1B)
- TTM後も昏睡状態の場合も発熱の予防と治療を行う(推奨:弱、エビデンスレベル:低、Grade2D)
- プライマリーPCI と組み合わせて行い,可能であればPCI 開始前から始めることを考慮する.
結局32℃?36℃?
結論はでていない?
結局の所、32〜36℃の間でどの体温を目標にするのが妥当なのか、ガイドライン上では結論はでていません。
大事なのは、心肺蘇生後には必ず発熱が起こり、その発熱は予後不良に関連する※ことなので、心肺蘇生後の発熱をしっかり抑えることがやはり重要です。
参考文献:A Zeine et al. Arch Intern Med. 2001 Sep 10;161(16):2007-12.(リンク)
なので、32℃での管理と比べて、不整脈の出現、出血、感染などのリスクが少ない36℃での体温管理が医療者的にも簡便であることから、最近は36℃での平温管理が好まれている傾向にあるようです。
心停止後の脳損傷に対しては、低体温での管理が有用である可能性※がありますが、心停止後脳損傷の程度は患者さんによって異なるため、やはり慎重な導入が必要になるかと思われます。
参考文献:Andrea Minin et al.Brain Sci 2021;11: 186.(リンク)
TTM 2 trialの解析結果発表
2013年に発表されたTTM1 trialの追証として、より厳格に体温管理を行い、院外心停止後蘇生患者への低体温(33℃)vs平温(37.5℃以下に管理)管理での比較試験が行われました。
結果は死亡率や転帰不良に有意差がなく、低体温療法施行群でより不整脈が出現しました。
この結果から、院外心停止後蘇生患者への体温管理は発熱を予防する厳格な体温管理=TTMとして扱われていく可能性が高くなりました。
何℃にするか、ではなく、いかに早く発熱を抑えるか(36〜37.5℃で管理させるか)、が鍵になりそうです。
TTM2 trialの詳細については別記事でまとめていく予定です!!